春も間近で、窓から差し入る陽射しが随分と濃色になってきた。
窓辺にいる彼へと降りそそぎ、
その横顔を隈無くすっきりと照らし出していたものが、
こちらを向くと、通った鼻梁の陰を頬へと落として、
大人びた風貌をした彼の、男臭くて精悍な面差しの彫の深さを強調する。
いかにもスポーツマンらしい、清潔さだけに気を遣った髪形や身だしなみ。
生家が代々、茶道の家元を輩出している旧家であるのみならず、
嗜んでいるものが合気道という武道であることから。
姿勢も態度も清冽にして凛々しい彼は、
何に対してでも真摯で誠実で真っ直ぐで。
嘘を嘘だと言える強さ、ずっと持ち続けている真っ直ぐな人で。
何かに負けて、何かへ及び腰になって、
冷たい人だ、酷い人だと詰なじられたくなくての同情をしたり、
誤魔化されることに“まあいっか”と丸め込まれて、
そのまま迎合しちゃったことなんてないんだろうな、なんて。
頼もしい上背や体躯のみならず、
気持ちまで屈強なこの人に、お兄様になっていただいてたこと。
果たしてどれほど実になったんだろ、なんて。
この時期だからこそ、自分を省みてしまう瀬那くんだったりするのである。
◇
何とはなく、空が鈍色をしていたので警戒はしていたが、ほとんどが屋内か屋根のある、ショッピングモールの中で過ごすのだから、大事はなかろうと思っての軽装で出て来ていた。
「…あ。」
周囲の雑踏がざわめいて、雨が落ちて来たことへ気がついたのとほぼ同時、ぱさりと、頭からかぶせられたものがあって。暖かくていい匂いがするジャケットは、頭からかぶっても小さなセナが中で迷子になりそうなほど大きくて。
“ありゃりゃ…。////////”
冗談抜きに、すっぽり覆われたそのまま、視界を封じられてしまったセナだったのを。ジャケットごとひょいと、爪先が道から浮くほど小脇に抱え上げてしまった、頼もしい腕の持ち主さんは、
「急ぐぞ。」
返事も待たずにたかたかと、渡っていた横断歩道をあっと言う間に駆け抜けて。
“ふやぁ。//////”
普段のそれは雄々しさが過ぎて、厳しいほど堅くも聞こえるものが、低められると柔らかな深みの増す声。ひょいと抱えてくれた腕や、引き寄せられる格好になった肢体には、日々の鍛練を積み重ねて まといつけた、頼もしい筋骨の充実した感触。ジャケットの中に籠もっていたのは、いかにも男の人という精悍な匂いで。ガレリアのあるアーケード街の入り口で降ろして下さったことで、ぼんやりと浸ってたそんな空間から出なければならなくなったのが、正直…ちょこっと惜しかったセナだったりし。
「小早川?」
「あ・あああっと、は、はいっ!」
ほやんとしたままでいたのを案じられ、横合いからお顔を覗き込まれて、やっとのことで我に返ったほど。あんまり勢いのいいお返事をしたためだろか、通りすがりの女子高生たちにビックリされてから、クススと笑われてしまったが、
「〜〜〜。//////」
恥ずかしいようと、う〜〜〜って赤面していると、大きな手のひらがぽふぽふと、まとまり悪く撥ねている髪を撫でて下さって。
“……… そですよねvv”
久し振りにお会い出来たんだもの、進さん以外の誰かの目なんて、気にしてる場合じゃない、ですよね。あっと言う間に機嫌を直した小さなカレ氏の、含羞み混じりの愛らしい笑顔に遭遇し、
「…っ☆」
今度は進さんの方がたじろいだ、性懲りのない彼らなのも、相変わらずみたいですvv
三月もあと1週間で終わろうかという週末に“Q街で逢わないか?”とのお誘いを進さんから受けたセナくん。緑陰館を活動の拠点とする、白騎士学園高等部生徒会には、結局 三年の秋までお付き合いしたことで、高等部史上最長で関わった身となってしまい。そんなキャリアを当てにされ、三学期までお声がかかっていたほどだったりし。そっち方面の引き継ぎや、進路報告、そして卒業式と。何だか結構毎日バタバタしていた日々が、ふっと静かになったばかりという間合いに、一番大好きで一番逢いたかった人からお久し振りにお声掛けがあったものだから。一も二もなくお受けして、こうしてのんびりと、ウィンドウショッピングつきの散策なんてもの、二人で楽しんでいたりするのである。
「綺麗でしたねぇ。」
さっきまでいたプラザビルでは、内外の作家によるドールハウス展というのを観て来たばかり。とっても小さな“お家”の中を埋める、家具や調度は、食器や雑誌等という微細に過ぎる小物までもが、精巧に造られたミニチュアで揃えられていて。何かの雑誌で見て以来、前々から関心があったセナだったらしく。女性客ばかりかと思ったら、案外と男性の、若い人もたくさん観に来ており、
『一人だと恥ずかしいかなって思ってたんですけれど。』
そんなこともなかったですねなんて、眉を下げて見せたのは、恥ずかしいからとお付き合いさせてごめんなさいと、そんな意味合いもあったのか。駅前で顔を合わせて、まずは映画を観ようかと言ったらば、
『あのあの、えっと…。』
即答じゃあない時は“否”なのだなと、奥ゆかしいセナの“らしさ”くらいは進にも既に把握済み。
――― とはいえ、
それならこうやって、向かい合ってるほうがいいと。そんないじらしいことを思ってたセナだったことまでは、残念ながら気がつけず。まだまだ要勉強というところなのか、いやいや、そんな進さんだから、セナくんも大好きなのかも知れないとか?(ひゅーひゅーvv) そんな彼らが、雨宿りを兼ねて“一息つきましょ”と揃って入ったのは、此処でのお馴染みの、ちょっぴり隠れ家っぽい喫茶店。今時はスタンドバー式が主流になりつつあり、そうではなくとも、街路に向いた側が全面ガラス張りで店内が素通しの、明るい店構えのその上、甘味や軽食メニューにやたら凝っているお店が多い中。昼間の採光を 窓からのものだけという“自然光”任せにしてある此処の店内は。壁に時代がかった書架が作りつけられ、LP盤のレコードが並べられ、クラシックやジャズの似合う、至ってシックな雰囲気で。進に連れられて入ったときは、セナくん、まるきり子供な自分なんかが入ってもいいのかなと思ったくらい。でも今は“いらっしゃい”と笑って下さるマスターさんが、いつものですねとホイップクリームの載ったホットチョコを出して下さる。カップの暖かな肌へと両手をくっつけて、
「はふぅ…。」
まずは一息。数年振りに暖かだったはずの冬が、急な寒の戻りにて、コートやマフラー、またまた引っ張り出して始まったような三月だったけれど、さすがに此処まで暦が進めば、春の嵐も吹きつけるし、この辺りでも明日にも桜が咲くだろうとのこと。ただ、そうなる前は天候も不安定で、通り雨でしょうよとマスターさんが笑ってくれた、窓の外を眺めてしばし、何を語るでなくの、黙ったまんまでいたものの。
「…あのあの、進さん。」
セナくん、窓の向こうに見慣れた制服を見つけたらしく。それを見ながら ふと口を開いて。
「今だから言いますが、ボク、実は先の春に、
何人かの一年に“お兄様になって下さい”って言われたんですよ?」
「…。」
判る人は限られている微かさで、瞠目して見せた進だったのへ、セナもまた恥ずかしそうに肩をすくめて。
「こんな頼りにならないボクだってのに。おかしいですよね?
陸が“こいつは生徒会のフォローで忙しくなるから無理だ”って、
そんな風に横合いから助けてくれて、やっとお断り出来たくらいで。」
お膝に載せた小さな手、握ったりゆるめたりしながら語るセナであり。
「…。」
進としては言ってやりたいことが結構あったのだけれども。例えば、頼りにならないなんてことはないぞとか、例えば、頼もしいばかりが先輩らしさじゃあなかろうとか、例えば、あの水町とかいう奴だって、あんなにもセナを慕っていたじゃないかとか。でもでも、
「…。」
いかんせん口下手なお兄様。つっかえずに言い切れる自信がなくて。それに…もしかしたらば どれかが的外れなのかもとも思えたので。仕方なく黙って聞いていると、
「先週の卒業式の後で、その子たちが駆け寄って来てくれて。
ボクなんかのこと、覚えてなんかいないか、
それとも嫌いになってるって思っていたから、どうしたんだろって驚いてたら。
大学生になっても忘れないで下さいって…言われたんです。」
優しい子たちでした、本当に。小さな花束をくれてのそのまま泣き出しちゃったのへ、ボクまで貰い泣きしちゃって。陸やモン太から、しっかりしなって笑われちゃった、と。大きな目許を何ともしっとりと和ませて語る彼へ、
「小早川は、優しい子だから。」
だから好かれるのだと、しみじみと呟く進もまた、人の痛みを判ってやろうとする、この小さな体で懐ろの尋が深いセナへ、だからこそ惹かれてやまないのだと、実感して随分になる。おどおどしていたのも、人を傷つけたくない気持ちの裏返しで。だっていうのに、そこへと付け込まれ、いじめられっ子だった初等科時代も、だからって休んだりしないまま、毎日元気に学校へ出て来ていたし。(桜庭が)ちょいと工作したことで、不埒な連中を排除したのちは、どんどんと明るく笑うようになってゆくのから目が離せなくなったほど。だって言うのに、
「本当に優しい人というのは、進さんみたいな人を言うんですよ?」
自信があって責任感があって、誰の目も意識しないで思うところを貫けて。そうと並べられ、こちらの言い分を真っ向から否定されているのに、
「ボクもどれだけ、優しさでも助けていただいたか。」
にっこりほややんと微笑う君だから、
「…。」
やっぱり抗弁出来ないでいるお兄様。そんなことはないのだよと。まだそれほど言葉を交わせなかった頃からも、大切な人、護りたい人として、自分の気概を支えてくれた存在があったからだよと。そんな“ホントのこと”さえ言えなくて。そんな自分が、少々歯痒い。
「…進さん?」
そんな歯痒さを噛みしめていることが、思案に見えたセナだったのか。案ずるような声を掛けて来たので。
「小早川。」
あらためて、名を呼べば。
「…。はい。」
居住まいを正すところが何とも稚(いとけな)く。彼にとってはまだ、自分は“先輩”の域を出ないのだろうか。桜庭や高見や蛭魔らとひとからげな存在なのだろうかと、それがかすかにほろ苦く。
「進さん?」
「まだ先の話ではあるが。」
何も今日、話すつもりはなかったが。どういうものか、告げておきたくなったのは。もしかしたなら…独占欲とやらがじりりと掻き立てられてのことだったのかも。
「俺は、大学を出たら、あの家を出るつもりでいる。」
「え…?」
進さんの実家は、代々 名のある茶道の家元というお家で、次代はお姉さんが継ぐと聞いてはいたが、
「あ、それじゃ合気道の道場のほうへ?」
進さんはずんと小さい頃から、茶道よりも格闘技の合気道の鍛練へと励んでおられ、今通っている道場では、この若さで師範代を務めておいで。双方一度にこなせぬ以上、道場の方を選ばれたということならしく。
「勤めをしつつという形になろうが。」
それでもご実家からは、けじめとしての決別を構え、離れることにした進さんであるのだろう…と。そういった立ち入ったことまでも理解しているセナであるからこそ、話して下さったのかしらと。
“だったら、ボクは…。”
「その折りに…。」
想うところに気を逸らしかかってたセナが、そこへと重なり掛けた進さんのお声にハッとする。
“あ…。////////”
あわわ、何か突拍子もないことを考えてなかったかしら、ボク。//////// 新居をと移されたら、ご飯を作って差し上げなきゃとか。お掃除やお洗濯とか、お部屋の整頓とかも、進さんのお手を煩わせないよう、ちゃんとこなせるようになっておかなきゃとか。あれれぇ? 何でそんなことを、自然な連動で思ってしまったボクなのかなぁ?
「〜〜〜。////////」
「小早川?」
どうかしたかとのお声を掛けられ、
「なななな、何でもないですっ!////////」
ますます真っ赤になったセナくんだったが、そんな様子を見て、
「…っ。」
丁度1年前の今頃に、あの、思い出深い緑陰館にて、そぉっと口づけした時の、真っ赤だった彼を思い出し、
「〜〜〜。//////」
こちらも真っ赤になった進さんの、その頭の中からも。とある文言が吹っ飛んでしまったのは此処だけの話。
――― その時に。小早川を迎えに行ってもいいものだろうか、と。
* * *
街へももうじき、やって来る、
新しい季節の遣わしめ。
桜花の緋色に染まりおる、
甘い風吹く、春は爛漫。
はらはら散っても寂しくないよに、
互いの温みを護って護られて。
二人一緒に観にゆきましょうね?
〜Fine〜 07.3.24.〜3.25.
*最近“進セナ”ものの更新が少ないですねと、
いつまでもお待ちしておりますとのお言葉をいただきまして…。
いやぁ〜、きっといつかは言われるだろうなと、
思ってはおりましたよ、はい。(こらこら)
日数がどえらくかかっている“遥かなる君の声”もなかなか進まないわ、
なのに、某陰陽師さんのシリーズはどかどか更新しているわ。
そんな中で、またもや別ジャンルへよろめいてるとあっては、
ご心配がなお増してしまわれたことでしょう。
大好きなサイト様の更新が止まるのって、
とっても寂しいものだって重々知ってるくせに、
自分がそんなことをしていた訳で。
本当にすみませんでしたです。
…ただ、私としましては、
素晴らしい“進セナサイト様”がそれはたくさん現れ始めて、
もう私なんぞが拙いものを書かなくとも…なんてこと、
そんな風にこそり思ってもいたことも否めません。
そんな罰当たり者へ“気が向いたらでいいから”と、
優しいお言葉を掛けて下さった 誰か様。(お名前がなかったので…)
こんな怠け者へ、本当にありがとうございました。
今話はどこか突貫で書いた感が否めない代物ですが、
少しでも楽しんでいただけますように…。
これからもぼちぼちながら、更新は続けますので、
待ってて下さいませですvv
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